資産評価とM&A

正常収益力とは?M&Aにおける計算方法と正常化調整のポイントを解説

正常収益力とは?M&Aにおける計算方法と正常化調整のポイントを解説
士業様からのご相談について

決算書で利益が増えていても、その理由が一度限りの大口受注なら、翌期以降も同じ水準を見込めるとは限りません。

反対に、一時的な移転費用によって、通常より利益が少なく見えている場合もあります。

M&Aでは、こうした損益の中身を調べ、対象企業が通常の事業活動でどの程度の利益を生み出せるかを検討します。

この分析で捉えるのが「正常収益力」です。

ただし、一時的に見える費用をすべて除外すればよいわけではありません。

経営者の交代後に必要となる人件費や、定期的な修繕負担も踏まえて判断します。

この記事では、正常収益力の意味、EBITDAとの関係、具体的な調整項目と計算例、M&Aで確認したい注意点を解説します。

正常収益力とは

正常収益力とは、一時的な損益や特殊な取引条件などを調整し、通常の事業活動で継続的に期待できる収益力を捉える考え方です。

会計上の利益が、一定期間に計上された収益と費用の結果を示すのに対し、正常収益力の分析では、その利益水準が今後も続くかを検討します。

例えば、一時的な受注増による利益と、継続契約から得られる利益では、将来の見通しが異なります。

費用についても、その年度だけの負担なのか、事業を続けるために繰り返し必要なのかを確認します。

正常収益力は、毎年同じ利益が得られることを意味しません。

季節性や景気変動も踏まえ、通常の事業運営で見込める利益水準を検討するものです。

すべての企業に共通する単一の計算式や調整基準があるわけではなく、対象事業の特徴に応じた分析が必要になります。

EBITDAと正常収益力の関係

EBITDAを出発点に正常化調整を行う

M&Aの財務デューデリジェンスでは、正常収益力の分析にEBITDAが使われます。

EBITDAは、利息・税金・有形固定資産の減価償却費・無形資産の償却費を控除する前の利益を意味します。本記事では、次の式で計算します。

EBITDA=営業利益+営業費用に含まれる減価償却費・償却費

実務では算定範囲が異なるため、資料ごとの定義を確認してください。

EBITDAを計算しただけでは、一時的な売上や特殊な費用の影響が取り除かれるとは限りません。

そこから必要な正常化調整を行い、「調整後EBITDA」などとして整理します。

調整後EBITDAは現金収支とは異なる

調整後EBITDAは、正常収益力を示す代表的な指標の一つですが、企業に残る現金そのものではありません。

設備投資や借入金の返済、税金の支払いなどは、別途確認する必要があります。

売掛金や棚卸資産が増えれば、利益が出ていても手元資金が減ることがあります。

特に設備の維持・更新に多額の投資が必要な事業では、調整後EBITDAと併せてキャッシュフローも検討します。

正常収益力を把握するための主な調整項目

正常化調整は、利益を大きく見せるための作業ではありません。

通常時の収益力に近づけるため、費用の加算だけでなく、一時的な収益の控除や不足する費用の反映も行います。

調整項目の例 主な確認内容
一時的な移転費用・訴訟関連費用 再発の可能性があるか、通常の事業運営に伴う負担か
単発案件の利益・補助金収入 継続性があるか、関連費用も調整する必要があるか
役員・親族への報酬 実際の業務内容と、引継ぎ後に必要な人件費
関係者との賃貸借・取引 買収後も契約条件が続くか
事業に関係しない経費 買収後に不要となることを確認できるか
修繕費・保守費用 単発の負担か、定期的に必要な負担か

なお、調整対象となるのは、出発点の利益指標に含まれている項目です。営業利益から算定したEBITDAに含まれていない固定資産売却益などを、さらに控除しないよう注意します。

一時的な費用でも自動的には除外しない

その年度にしか発生していない費用でも、事業を続けるうえで繰り返し必要になる場合があります。

例えば、数年ごとに行う修繕は、毎年発生しなくても継続的な事業運営に伴う負担です。

費用計上される修繕については、過去の実績や修繕周期から通常の年間負担額を見積もる方法もあります。

一方、資産計上される設備更新は、設備投資計画とキャッシュフローで別途確認します。

広告費や採用費も、将来の売上や組織の維持に必要なら、「削減できそう」という理由だけでは除外できません。

役員報酬は後任者の費用まで考える

経営者への報酬が業務内容に照らして高く、買収後にその負担が減る場合は、正常化調整の対象となることがあります。

ただし、経営者が退任するからといって、報酬を全額加算できるとは限りません。営業や現場管理を担っていたなら、後任者の人件費が必要です。

反対に、経営者が低い報酬で多くの業務を担っていた場合は、後任者の人件費を反映すると収益力が下がることもあります。

一時的な収益も見直す

費用だけを除外し、一度限りの収益を残すと、収益力を過大に評価してしまいます。

単発の大型案件や補助金などについては、今後も同様の収益が見込めるかを確認します。関連費用がある場合は、収益だけを控除するのではなく、その費用も含めて影響額を整理します。

正常収益力の計算例

次の企業について、調整後EBITDAを計算してみましょう。

項目 金額・前提
営業利益 3,000万円
営業費用に含まれる減価償却費・償却費 1,000万円
一時的な事務所移転費用 500万円
営業利益に含まれる単発案件の利益 300万円
退任役員の報酬 1,200万円
後任者に必要な年間人件費 800万円

移転費用は再発せず、単発案件の利益300万円は、関連費用を差し引いたうえでの調整対象額と仮定します。また、役員交代による人件費の変化を年間ベースで反映します。

まず、調整前のEBITDAを求めます。

調整前EBITDA=3,000万円+1,000万円=4,000万円

次に、正常化調整を行います。

調整内容 加算・減算
再発しない移転費用を加算 +500万円
単発案件の利益を控除 -300万円
役員報酬と後任者人件費の差額を加算 +400万円
調整額の合計 +600万円

調整後EBITDA=4,000万円+600万円=4,600万円

この例では、調整後EBITDAは4,600万円です。

実際には、契約書や費用明細などで調整の根拠を確認します。売り手が提示した調整額を、買い手がそのまま採用するとは限りません。

正常収益力はM&Aの評価にどう影響するのか

企業価値評価に使う利益の基礎になる

EV/EBITDAマルチプル法では、評価の基礎となるEBITDAに倍率を掛けてEVを検討します。

倍率を仮に5倍とすると、先ほどの計算例では次の差が生じます。

計算に使う指標 EBITDA 仮の倍率 EVの試算額
調整前EBITDA 4,000万円 5倍 2億円
調整後EBITDA 4,600万円 5倍 2億3,000万円

※5倍は説明用の仮定であり、一般的な相場を示すものではありません。

同じ倍率でも、基礎となる利益によって試算額は変わります。そのため、価格交渉では倍率だけでなく、どの調整を反映した利益なのかが論点になります。

また、比較対象企業と評価対象企業で、EBITDAの算定方法や調整内容を整合させる必要があります。

買収後の事業計画を検証する出発点になる

正常収益力は、買収後の事業計画が実績とつながっているかを確認するためにも使われます。

調整後の利益水準から計画利益が大幅に増えるなら、増益の理由を説明できなければなりません。新規顧客の獲得や値上げなどの施策に加え、そのために必要な人件費や広告費も検討します。

過去の利益を調整しただけでは、市場縮小や主要顧客の離脱といった将来の変化までは捉えられません。受注状況や事業環境を踏まえ、見通しの妥当性を確認します。

不動産を保有・使用する企業で確認したいこと

関係者に支払う賃料の継続性

中小企業では、経営者個人が所有する土地や建物を、対象会社が借りている場合があります。

低い賃料で借りていた物件について、買収後に賃料が引き上げられるなら、利益は減る可能性があります。反対に、現在の賃料が高くても、買い手が自由に減額できるとは限りません。

市場賃料との差だけで調整するのではなく、現在の契約条件、更新時期、変更についての合意を踏まえて判断します。

修繕の先送りによる利益への影響

建物や設備の修繕を先送りすると、短期的には費用が抑えられ、利益が高く見える場合があります。

しかし、買収後に必要な修繕をまとめて行うことになれば、資金負担が生じます。過去の利益だけでなく、修繕履歴や建物の状態、今後の更新計画を確認する必要があります。

正常収益力の調整に反映する負担と、将来の設備投資として扱う負担を分け、同じ費用を重複して織り込まないようにします。

正常収益力を分析する際の注意点

単年度ではなく複数年の推移を見る

一つの年度だけでは、一時的な変動と通常の変動を見分けにくいことがあります。

複数年の決算と月次資料を確認し、季節性や景気変動、主要顧客との取引推移を把握します。毎年異なる名目で臨時費用が発生しているなら、継続的な負担が含まれていないか検討します。

買収後の相乗効果を混同しない

買い手の販売網による増収や、拠点統合による費用削減は、買収後の相乗効果として検討するものです。

対象会社単独の正常収益力と、特定の買い手だから実現できる効果を混ぜると、評価の前提が分かりにくくなります。

まず単独での収益力を整理し、相乗効果は実現時期や追加費用とともに別途検討します。

調整の理由と金額を資料で示す

正常化調整には、金額だけでなく理由と裏付けが必要です。

総勘定元帳、請求書、契約書、給与資料などを使い、なぜ継続しないのか、買収後にどの費用が必要になるのかを説明します。

調整前の利益から調整後の利益までの過程を一覧にすると、売り手・買い手が認識の違いを確認しやすくなります。

まとめ

正常収益力は、一時的な損益や特殊な取引条件などを調整し、通常の事業活動で継続的に期待できる収益力を捉えるものです。

M&Aでは、調整後EBITDAなどを通じて企業価値評価や事業計画の検討に使われます。ただし、費用を除外して利益を大きく見せるものではありません。一時的な収益を見直すとともに、引継ぎ後に必要な人件費や修繕負担も確認します。

経営者個人が所有する物件を会社が借りている場合などは、賃料条件の継続性も収益力に影響します。

中央不動産鑑定所では、M&Aに伴う不動産評価についてご相談を承っています。

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