M&Aでは、対象企業の財務状況や契約関係だけでなく、保有・使用する不動産の環境リスクも確認する必要があります。なかでも土壌汚染は外観から判断しにくく、買収後に発覚すると、追加調査や対策工事、行政対応などの負担が生じる可能性があります。
ただし、基準を超える有害物質が検出されても、必ず全面的な浄化が必要になるわけではありません。汚染の程度、健康被害のおそれ、土地の利用方法などによって必要な対応は異なります。
この記事では、M&Aにおける土壌汚染リスクの内容、企業価値や売買価格への影響、環境デューデリジェンスの進め方、契約上の対応について解説します。
M&Aにおける土壌汚染リスクとは
M&Aにおける土壌汚染リスクとは、対象企業が保有または使用する土地に有害物質が存在し、買収後に費用負担や事業上の制約、法的責任などが生じる可能性を指します。
不動産を所有している場合だけでなく、工場や店舗の敷地を借りている場合にも注意が必要です。対象企業が汚染原因者となる場合や、賃貸借契約に原状回復義務が定められている場合には、土地を所有していなくても対策費用を負担する可能性があります。
土壌汚染は、不動産の評価額や企業価値の低下、調査・対策費用の発生、開発計画の遅延、土地利用の制限などにつながります。現在の状況だけでなく、過去の土地利用まで確認することが重要です。
土壌汚染の種類と主な原因
土壌汚染とは、有害物質が土壌に含まれ、人の健康に影響を及ぼすおそれがある状態を指します。土壌汚染対策法の特定有害物質は、次の3種類に分類されています。
- 第一種特定有害物質:テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン、ベンゼンなどの揮発性有機化合物
- 第二種特定有害物質:鉛、カドミウム、六価クロム、水銀、砒素、ふっ素、ほう素、シアン化合物など
- 第三種特定有害物質:PCB、有機りん化合物、一部の農薬など
土壌汚染は、有害物質の漏えい、排水の地下浸透、廃棄物の埋設、不適切な保管などによって発生します。ガソリンスタンド、クリーニング工場、めっき工場、金属加工工場、印刷・塗装工場、化学工場、研究施設などの跡地では、過去の利用履歴を確認する必要性が高まります。
もっとも、特定の業種だったという理由だけで、直ちに汚染があるとは判断できません。使用していた物質や施設配置、排水経路などを調べ、必要に応じて土壌・地下水を分析します。
砒素、鉛、ふっ素などは、企業活動ではなく自然由来で基準を超えることもあります。盛土や周辺から流入した地下水が原因になる場合もあるため、基準超過が確認されても、直ちに対象企業が汚染を発生させたとは限りません。
土壌汚染対策法と区域指定
土壌汚染対策法は、土壌汚染の状況を把握し、人の健康被害を防止することを目的としています。
有害物質使用特定施設を廃止した場合や、一定規模以上の土地の形質変更を行う場合などには、土地所有者等に土壌汚染状況調査と結果の報告が求められることがあります。
調査によって指定基準を超える汚染が確認された土地は、健康被害のおそれに応じて、原則として次の区域に分けられます。
要措置区域
土壌汚染があり、有害物質を人が摂取する経路が存在するなど、健康被害が生じるおそれのある区域です。行政から、地下水の水質測定、封じ込め、盛土、掘削除去など、状況に応じた措置を求められることがあります。
形質変更時要届出区域
基準を超える汚染はあるものの、有害物質の摂取経路がなく、健康被害が生じるおそれがない区域です。原則として直ちに除去する必要はありませんが、土地を掘削するなど、形質を変更するときには届出や施工上の対応が必要になります。
土壌汚染が見つかっても、常に全面的な浄化が義務付けられるわけではありません。自治体の条例によって独自の調査や届出が求められる場合もあるため、対象地ごとの確認が必要です。
土壌汚染が企業価値・売買価格に与える影響
不動産価値への影響
土壌汚染がある土地では、調査費用や対策費用、利用上の制約などを考慮し、汚染のない土地より評価額が低くなる場合があります。対策後も、市場参加者の心理的な抵抗感や将来の売却可能性が価格へ影響することがあります。
ただし、土地価格から対策費用の全額を機械的に差し引けばよいとは限りません。法令上必要な措置、今後の土地利用、対策時期などを踏まえて判断します。
将来キャッシュフローへの影響
追加調査や対策工事が必要になれば支出が増えます。工場の建替えや土地の再開発が遅れれば、操業や投資回収の計画にも影響します。土地の売却を予定している場合には、売却価格の低下や時期の遅れも考慮しなければなりません。
時価純資産法では、不動産の時価や想定される将来負担を反映します。DCF法では、調査・対策費用や操業への影響などを将来キャッシュフローへ織り込む方法が考えられます。
同じ費用を不動産価格と企業価値の両方から差し引くと二重控除になるため、評価方法との整合性を確認することが重要です。
売買条件への影響
汚染の範囲や費用を把握できている場合は、想定負担を売買価格へ反映することがあります。費用を確定できないときは、売り手によるクロージング前の対策、補償条項、売買代金の一部留保などによって対応します。
汚染が見つかったからといって、必ずM&Aを中止する必要はありません。事業への影響と経済的負担を整理し、価格や契約条件によって管理できるリスクかを判断します。
株式譲渡と事業譲渡による違い
株式譲渡では、対象企業の株主が変わっても、土地を所有する会社自体は変わりません。環境上の義務や将来負担も対象企業に残るため、買い手は株式取得後にその経済的な影響を受ける可能性があります。
事業譲渡では、引き継ぐ資産や契約を個別に決めるため、不動産を譲渡対象から除外できます。ただし、対象企業が汚染原因者となる可能性や、賃貸借契約上の原状回復義務などが残る場合があります。不動産を取得しなければ、すべてのリスクを回避できるとは限りません。
取引手法だけで判断せず、汚染原因、土地の所有関係、契約内容を確認する必要があります。
環境デューデリジェンスの進め方
環境デューデリジェンスは、対象企業の事業活動や保有・使用する不動産について、環境上のリスクを調査する手続きです。土壌汚染のほか、地下水汚染、アスベスト、PCB廃棄物、排水、廃棄物処理などが対象になることもあります。
資料調査・現地確認
最初に、過去の地図や航空写真、登記事項、施設配置図、行政への届出などを確認します。現地では、有害物質の使用・保管場所、排水経路、地下タンク、廃棄物の保管状況などを調べます。関係者へのヒアリングも行い、使用していた薬品や漏えい事故の有無を確認します。
土壌・地下水調査
汚染の可能性が認められた場合は、土壌ガス、表層土壌、地下水などを採取して分析します。調査地点や深さ、対象物質は、過去の施設配置や有害物質の使用状況を踏まえて決めます。
基準を超える汚染が確認された場合は、その広がりを調べ、舗装、封じ込め、地下水管理、掘削除去、原位置浄化などの対策を比較します。
土壌汚染対策費用の考え方
対策費用は、汚染物質の種類、濃度、範囲、深さ、地下水への影響、土地の利用目的などによって大きく変わります。
算定にあたっては、土壌の処理費だけでなく、資料調査や分析、詳細調査、舗装・建物の撤去と復旧、行政手続き、継続的なモニタリング、操業停止や移転による損失なども検討します。
調査の初期段階では汚染範囲が確定していないため、一定の幅を持った概算額として示されることがあります。また、すべての汚染土壌を掘削・搬出する方法が、必ずしも最適とは限りません。土地の利用方法や健康被害のおそれを踏まえ、合理的な対策を選ぶことが大切です。
契約書によるリスク分担
土壌汚染リスクがあるM&Aでは、売り手と買い手の責任範囲を契約書で明確にします。
表明保証では、有害物質の使用状況、漏えい事故、行政からの指導、土壌調査の実施状況などについて、売り手が一定の事実を表明・保証します。
補償条項では、取引後に過去の汚染が判明した場合について、調査・対策費用を誰が負担するかを定めます。対象となる汚染、補償期間、上限額、免責金額、請求手続きなどを具体化することが必要です。
そのほか、売り手による追加調査や対策をクロージングの前提条件とする方法や、売買代金の一部を留保する方法もあります。環境リスク保険を利用できる場合もありますが、取引前に判明している汚染は補償対象外となる可能性があります。
売り手・買い手が確認したいポイント
売り手は、土地の利用履歴、有害物質の使用・保管記録、施設配置図、排水経路図、行政への届出、過去の調査報告書、事故や廃棄物処理の記録などを整理します。情報を早期に開示することで、買い手はリスクを具体的に評価しやすくなります。
買い手は、過去に工場やガソリンスタンドとして使われていないか、地下タンクや排水設備がないか、行政による区域指定や指導の履歴がないかなどを確認します。
過去の調査報告書がある場合も、調査時期、対象物質、調査地点、深度を確認し、今回のM&Aの判断資料として十分かを検討する必要があります。
土壌汚染リスクと不動産鑑定評価
土壌汚染は、不動産鑑定評価においても価格形成に影響する要因です。評価では、対策費用だけでなく、土地利用上の制約、対策期間、市場性、将来の売却可能性などを考慮する場合があります。
ただし、土壌汚染の技術的な調査や対策費用の見積もりは、不動産鑑定士だけで完結するものではありません。指定調査機関や環境分野の専門家による調査結果をもとに、不動産鑑定士が価格への影響を検討します。
M&Aでは、環境デューデリジェンス、不動産鑑定評価、企業価値評価の結果を連携させることが重要です。
M&Aにおける土壌汚染リスクについてよくある質問
土壌汚染が見つかったら必ず浄化が必要ですか?
必ずしも全面的な浄化が必要になるわけではありません。健康被害のおそれや土地の利用状況に応じて、地下水の水質測定、舗装、封じ込めなど、掘削除去以外の措置が選択されることがあります。
土壌汚染の責任は土地所有者が負うのですか?
土地所有者等に調査や措置が求められる場合がありますが、汚染原因者へ費用を請求できる可能性もあります。実際の責任関係は、汚染原因や契約内容などによって異なります。
過去に工場だった土地は必ず調査が必要ですか?
過去に工場だったという理由だけで、必ず法的な調査義務が生じるわけではありません。ただし、有害物質の使用履歴がある場合や、建替え・売却を予定している場合には、自主的な調査を検討する必要性が高まります。
土壌汚染が見つかったらM&Aを中止すべきですか?
汚染範囲、必要な対策、事業への影響、費用負担を整理し、価格調整や補償条項によって管理できるかを検討します。将来負担を合理的に見積もれず、事業への影響も大きい場合には、取引条件の見直しや中止も選択肢となります。
まとめ
M&Aにおける土壌汚染リスクは、不動産価値だけでなく、将来の対策費用、事業計画、資金調達、法的責任にも影響します。
土壌汚染は外観から判断しにくいため、過去の土地利用や有害物質の使用履歴を確認し、必要に応じて土壌・地下水調査を行うことが大切です。汚染が確認されても、必ず全面的な浄化が必要になるわけではなく、健康被害のおそれや土地の利用方法に応じて対策を検討します。
企業価値の算定では、対策費用のほか、土地利用上の制約、事業の遅延、将来キャッシュフローへの影響も考慮しなければなりません。価格調整、補償条項、売買代金の留保などを組み合わせ、責任範囲を明確にすることも重要です。
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