資産評価とM&A

M&Aにおけるエンジニアリングレポートとは?不動産リスクと企業価値への影響を解説

M&Aにおけるエンジニアリングレポートとは?不動産リスクと企業価値への影響を解説
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M&Aでは、対象企業の収益力や財務状況に加え、保有・使用している不動産の状態も確認する必要があります。工場、倉庫、ホテルなどが事業に欠かせない企業では、建物の老朽化や法令上の問題が、企業価値や買収後の事業計画に影響するためです。

こうした不動産の物理的な状態や将来発生する修繕費、環境・災害リスクなどを調査し、まとめたものがエンジニアリングレポートです。

この記事では、M&Aにおけるエンジニアリングレポートの役割、主な調査項目、企業価値や買収価格への影響、確認する際の注意点について解説します。

エンジニアリングレポートとは

エンジニアリングレポートとは、建物や設備、環境などの専門家が、対象不動産の物理的な状態やリスクを調査してまとめる報告書です。一般に「ER」とも呼ばれます。

主な調査対象には、建物の劣化状況、法令への適合状況、修繕更新費、再調達価格、アスベストなどの有害物質、土壌汚染、地震リスクなどがあります。

不動産の売買や証券化、融資で活用されるほか、不動産を保有する企業のM&Aでも、対象企業の資産価値や将来負担を把握するために利用されます。

M&Aでエンジニアリングレポートが必要になるケース

M&AでERを取得する必要性が高いのは、対象企業の事業や企業価値に不動産が大きく関係している場合です。

主な例として、次のような企業や事業が挙げられます。

  • 工場や研究施設を保有する製造業
  • 倉庫や物流施設を使用する物流業
  • ホテルや旅館などの宿泊業
  • 商業施設や賃貸不動産を保有する企業

買収後に建替えや再開発を予定している場合や、不動産の価値が総資産の大部分を占める場合にも、詳細な確認が求められます。

一方、対象企業が一般的な賃貸オフィスを使用しており、不動産が企業価値や事業継続に与える影響が限定的であれば、必ずしも詳細なERが必要とは限りません。取引規模や想定されるリスクに応じて調査範囲を決めます。

エンジニアリングレポートと不動産デューデリジェンスの関係

M&Aにおける不動産デューデリジェンスとは、対象企業が保有・使用する不動産の価値やリスクを調査する手続きです。

調査内容は、主に次の分野に分けられます。

  • 物理的調査:建物や設備の状態、修繕費、環境・災害リスク
  • 法的調査:所有権、抵当権、賃貸借契約、法令上の制限
  • 経済的調査:賃料、空室率、運営費、市場性、収益性

ERが扱うのは主に物理的調査です。権利関係や契約内容は弁護士、収益性や市場性、不動産価格への影響は不動産鑑定士などが検討します。

それぞれの調査結果を組み合わせることで、不動産が対象企業の事業や企業価値に与える影響を多角的に分析できます。

エンジニアリングレポートの主な調査項目

建物の状況調査

建物の外壁、屋上、内装、構造、給排水、空調、電気、防災設備などを調査し、劣化や不具合の有無を確認します。

買収後に大規模な修繕や設備更新が必要になれば、想定外の資金負担が発生します。工場や店舗などでは、修繕工事による操業停止や休業が事業収益に影響することもあります。

一般的なERは、提出資料と目視できる範囲をもとに作成されます。

遵法性の確認

建築確認済証、検査済証、消防関係書類などを確認し、建築基準法や消防法などへの適合状況を調査します。

現地では、確認申請図面と現在の建物に相違がないか、無届けの増築や用途変更がないか、防火設備が適切に維持されているかなどを確認します。

重大な問題が見つかれば、買収後に是正工事が必要になったり、予定していた用途で建物を使用できなかったりする可能性があります。

ただし、ERにおける遵法性調査は、行政による適法性の認定や弁護士による法律意見とは異なります。資料が不足している場合や、目視できない場所については判断できないこともあります。

既存不適格建築物と違反建築物の違い

遵法性を調査する際は、既存不適格建築物と違反建築物を区別する必要があります。

既存不適格建築物とは、建築時には法令に適合していたものの、その後の法改正によって現在の基準に適合しなくなった建物です。現在の基準を満たしていないという理由だけで、直ちに違法な建物と判断されるわけではありません。

一方、違反建築物は、建築時の法令に適合していなかった場合や、必要な手続きを行わずに増築・用途変更などをした建物です。

どちらに該当するかによって、是正の必要性や買収後の利用、融資、建替えへの影響が異なります。

修繕更新費の算定

建物や設備の劣化状況、耐用年数などを踏まえ、今後必要になる修繕・更新費を試算します。

一般に、早期に対応が必要な修繕費と、中長期的に発生すると見込まれる費用を分けて整理します。

外壁、防水、空調、エレベーター、生産設備などの更新には多額の費用がかかることがあります。M&Aでは、買収後の投資計画や将来キャッシュフローを検討する際の資料として活用されます。

ただし、記載される金額は一定の条件に基づく概算です。実際の工事費は、施工時期や資材価格、建物の使用状況などによって変わります。

再調達価格の算定

再調達価格とは、対象建物と同等の建物を調査時点で新たに建築すると仮定した場合に必要となる費用です。

不動産鑑定評価や保険金額の検討、地震リスクの分析などに利用されます。

再調達価格は建物を新築する場合の費用を示すものであり、現在の建物の売買価格や帳簿価額と一致するものではありません。

建物環境リスクの確認

建物内にアスベスト、PCBを含む機器、フロンなどが存在する可能性を調査します。

一般的には、建築時期や設計図書、修繕履歴、目視調査などをもとにリスクを評価します。すべての建材や設備について、採取・分析まで行うとは限りません。

有害物質の使用が疑われる場合には、別途、専門機関による調査が必要です。除去や適正処分が必要になれば、買収後の改修費用や事業スケジュールに影響します。

土壌汚染リスクの評価

土地の過去の利用履歴、行政情報、地図、航空写真などを確認し、土壌汚染の可能性を評価します。

工場、ガソリンスタンド、クリーニング工場、めっき工場などとして使用されていた土地では、詳細な調査が必要になる場合があります。

一般的なERでは、まず資料調査や現地確認によって汚染の可能性を評価します。実際に土壌や地下水を採取・分析する調査は、必要に応じて別途実施されます。

土壌汚染が見つかれば、調査・対策費用だけでなく、建替えや土地売却の遅延、市場性の低下なども考慮しなければなりません。

地震リスクの評価

地震によって建物が受ける損害の可能性を評価します。証券化対象不動産などでは、PMLが用いられることがあります。

PMLは、一定の条件で大規模な地震が発生した場合に想定される損失額を、建物の再調達価格に対する割合で示す指標です。数値が高いほど、地震による損失が大きくなる可能性を示します。

ただし、PMLは建物の安全性を直接保証する数値ではありません。また、ERにおける地震リスク評価と、構造計算などを伴う詳細な耐震診断は別の調査です。

旧耐震基準で建築された建物など、耐震性への懸念がある場合には、別途、専門的な耐震診断が必要になることがあります。

エンジニアリングレポートが企業価値に与える影響

ERの調査結果は、対象企業の事業価値へ常に直接加減されるものではありません。不動産価格、将来キャッシュフロー、買収後に必要な追加投資のいずれに影響するのかを整理したうえで、企業価値へ反映します。

不動産価値への影響

多額の修繕更新費や遵法性の問題、環境・地震リスクなどが確認された場合、不動産の価格が下がる可能性があります。

一方、建物の管理状態が良好で、将来の修繕負担も適切に管理されていれば、不動産価値や事業継続性を判断するうえでプラスの材料になります。

不動産鑑定士はERの調査結果を確認し、収益性、市場性、将来負担などを踏まえて価格への影響を判断します。

将来キャッシュフローへの影響

買収後に発生する修繕費や設備更新費は、対象企業の将来キャッシュフローに影響します。

大規模な工事によって工場や店舗の稼働を止める必要があれば、工事費だけでなく、休業期間中の売上減少も考慮しなければなりません。

買収後の事業計画では、ERに記載された修繕更新費を確認し、実施時期や優先順位を踏まえて支出を織り込みます。

買収価格や契約条件への影響

ERで想定外の問題が見つかった場合は、買収価格の調整、売り手による事前修繕、表明保証や補償条項の設定などを検討します。

修繕や追加調査の完了を、取引を実行するための前提条件にする方法もあります。

問題が見つかったからといって、直ちにM&Aを中止する必要はありません。費用と事業への影響を把握し、価格や契約条件によって管理できるリスクかを判断します。

修繕更新費を企業価値へ反映する際の注意点

ERに記載された修繕更新費の全額を、不動産価格や企業価値からそのまま差し引くとは限りません。

通常の維持管理として将来発生する修繕費は、DCF法による企業価値評価の将来キャッシュフローや、不動産鑑定評価の収益還元法において、すでに考慮されている場合があります。

この費用をさらに不動産価格や株式価値から控除すると、同じ費用を二重に反映することになりかねません。

評価にあたっては、修繕の緊急性、実施時期、安全性や事業継続への影響、評価上すでに考慮されている費用かを確認します。

通常の維持管理費と、過去の管理不足によって早期に発生する特別な修繕費を分けて検討することも必要です。

株式譲渡と事業譲渡による違い

株式譲渡の場合

株式譲渡では、対象企業の株主が変わっても、不動産を所有する会社自体は変わりません。

そのため、建物の修繕義務や法令上の問題、環境リスクなども対象企業に残ります。買い手は、買収後に発生する費用を企業価値や買収価格へ適切に反映する必要があります。

事業譲渡の場合

事業譲渡では、承継する資産や契約を個別に決めるため、不動産を譲渡対象から外すことも可能です。

不動産を取得する場合は、その状態や将来負担を譲渡価格へ反映します。賃借中の工場や店舗を引き続き使用する場合は、賃貸借契約の承継、貸主の承諾、修繕・原状回復義務なども確認します。

エンジニアリングレポートと不動産鑑定評価書の違い

エンジニアリングレポートと不動産鑑定評価書では、目的が異なります。

ERは、建物や設備の状態、修繕費、環境・災害リスクなどを技術的な視点から調査するものです。

一方、不動産鑑定評価書は、対象不動産の経済価値を判定するものです。不動産鑑定士は、収益性や市場動向、権利関係などに加え、必要に応じてERの内容も確認し、評価へ反映します。

例えば、収益還元法では、ERに記載された修繕更新費を踏まえて、修繕費や資本的支出を査定します。原価法では、ERの再調達価格が再調達原価を検討する際の資料になります。

ERは不動産価格を直接決める報告書ではなく、不動産鑑定評価や企業価値評価の精度を高めるための資料として活用されます。

M&Aでエンジニアリングレポートを取得するタイミング

ERは、買収価格や契約条件を最終決定する前に取得することが望まれます。

調査によって建物の劣化や遵法性、環境リスクなどの問題が見つかった場合に、追加調査、価格調整、売り手による是正、補償条項の設定などを検討できるためです。

対象企業が複数の不動産を保有している場合は、企業価値への影響、築年数、用途、修繕履歴をもとに優先順位をつけて調査する方法もあります。

融資を利用する場合は、金融機関から特定の調査項目や報告書の提出期限を求められることがあります。M&A全体のスケジュールを踏まえ、早い段階で調査範囲を決めておくとよいでしょう。

エンジニアリングレポートを確認するポイント

調査範囲と対象外事項

ERの調査範囲は、依頼目的や契約内容によって異なります。

報告書を受け取ったら、調査した項目だけでなく、対象外となった項目、立ち入れなかった場所、提出されなかった資料も確認します。

一般的なERは非破壊・目視調査を中心に作成されるため、壁や天井の内部、地中の配管、設備内部などの状態までは確認できない場合があります。

「問題が記載されていないこと」と「問題がないと確認されたこと」は同じではありません。

調査時点

ERは、調査時点における建物の状態を示す報告書です。作成から長期間が経過していれば、新たな劣化や不具合が発生している可能性があります。

過去のERを利用する場合は、その後の修繕履歴や建物の利用状況を確認し、必要に応じて更新調査を行います。

修繕費の前提条件

修繕更新費は、工事時期、単価、消費税、設計監理費、仮設工事費などの前提によって変わります。

合計額だけを見るのではなく、算定期間、対象工事、物価変動の扱いなども確認しなければなりません。

指摘事項の重要度

ERに指摘事項があっても、すべてを直ちに修繕する必要があるとは限りません。

安全性に関わる問題、法令上の対応が必要な事項、事業継続に影響する不具合、通常の維持管理に分けて優先順位を検討します。

作成者の専門性と中立性

ERを依頼する際は、対象となる建物の種類や規模に関する実績を確認します。

工場、ホテル、物流施設、商業施設などでは、設備や運営方法が異なります。対象不動産に適した専門家が調査へ参加しているかも確認したいポイントです。

売り手が準備しておきたい資料

M&AでERを作成する場合、売り手は建物に関する資料を早い段階で整理しておくと、調査を円滑に進められます。

主な資料は次のとおりです。

  • 建築確認済証、検査済証
  • 設計図書、竣工図
  • 増改築や用途変更に関する資料
  • 修繕・設備更新の履歴
  • 建築設備の点検記録
  • 消防設備に関する資料
  • 耐震診断やアスベスト調査の報告書
  • 土壌汚染調査の報告書
  • 賃貸借契約や管理委託契約に関する資料

資料が不足していると、確認できない事項が増え、報告書の精度や調査期間に影響することがあります。

買い手から指摘を受けてから資料を探すのではなく、M&Aの準備段階で保有不動産と関連資料を整理しておくことが望まれます。

M&Aにおけるエンジニアリングレポートについてよくある質問

すべてのM&AでERが必要ですか?

すべてのM&Aで必要になるわけではありません。

対象企業が不動産を保有していても、企業価値に占める割合が小さく、買収後の事業への影響が限定的であれば、簡易的な調査で足りることがあります。

一方、工場、ホテル、商業施設などが事業に欠かせない場合や、建替え・売却を予定している場合には、ERを取得する必要性が高まります。

ERがあれば建物の問題をすべて把握できますか?

すべての問題を把握できるとは限りません。

一般的なERは、提出資料、ヒアリング、目視できる範囲をもとに作成されます。隠れた部分の不具合や、専門分析を行っていない有害物質などは確認できない場合があります。

必要に応じて、耐震診断、アスベスト分析、土壌・地下水調査などを追加します。

ERの指摘事項はすべて企業価値から控除しますか?

すべてを機械的に控除するわけではありません。

通常の修繕費が事業計画や不動産鑑定評価へ反映済みの場合もあるため、費用の内容と算定方法を確認します。企業価値へ反映する際は、同じ費用の二重控除を避けなければなりません。

対象企業が不動産を借りている場合も調査が必要ですか?

借りている不動産が事業継続に欠かせない場合は、確認が必要です。

建物の不具合による休業リスク、修繕負担、原状回復義務、賃貸借契約の承継などが、買収後の事業へ影響する可能性があります。

ERの費用や期間はどのくらいですか?

物件の用途、規模、棟数、所在地、調査項目、資料の整備状況などによって異なります。

土壌分析や詳細な耐震診断などを追加する場合は、通常の現地調査より費用と期間がかかります。依頼前に調査目的と必要な項目を整理し、調査会社から見積もりを取ることが大切です。

まとめ

M&Aにおけるエンジニアリングレポートは、対象企業が保有・使用する不動産について、建物や設備の状態、遵法性、修繕更新費、環境・地震リスクなどを把握するための報告書です。

工場、倉庫、ホテル、商業施設などが事業に欠かせない企業では、ERの調査結果が買収後の投資計画や将来キャッシュフロー、買収価格、契約条件に影響することがあります。

ただし、ERの修繕更新費を不動産価格や企業価値から機械的に控除するわけではありません。事業計画や不動産鑑定評価に反映済みの費用と重複していないかを確認し、必要に応じて法務調査、耐震診断、土壌調査などを組み合わせます。

株式会社中央不動産鑑定所では、ERに記載された建物の状況や修繕更新費、再調達価格、環境・地震リスクなどを確認し、不動産鑑定評価に活用しています。

M&Aにおいて、対象企業が保有する不動産のリスクや企業価値への影響を確認したい場合は、お気軽にご相談ください。

 

 

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